文房具特許の世界

文房具が好きで、特許を手掛かりにその背景を妄想することによって文房具をもっともっと好きになるために、ブログはじめました。といっても、文房具特許についてはド素人で、皆さんと一緒に少しずつ学んでいければと思っています。文房具カフェ会員No.01845 連絡先:bunseka.akiran@マークgmail.com

Item 21: ハリナックスプレス: 特許を探してみた

それでは、いつものように、J-PlatPatで検索していきます。出願人=コクヨ、発明者=長谷川 and 草 で特許・実案を検索してみました。ヒット件数は8件。綴じ機の出願はいくつかあるのですが、ハリナックスプレス関連ではなさそうです。こちら↓のハリナックス(コンパクト)のシルエットに近い図面等散見されるのですが・・・。

 

 特許、実案がなさそうなので、意匠も同様の条件で検索してみますと、ヒット件数は2件。あ、ハリナックスプレスらしきものがありました!

 

意匠登録第1516367号(出願日:2014.5.9)ステープラー

 

2014年5月あたりに特許出願しているなら公開されているはずなのに。これはカルカットのパターンと同じかも。ということで、Espacenetで外国出願を調査していくことにします。Applicant(s) = kokuyo Inventor(s) = hasegawa so という条件で検索してみたところ、ヒット件数は9件。ざっと見てみたところ、ハリナックスプレスらしきシルエットを発見!

 

WO2014208237 (A1) (優先日:2013年06月26日)BINDING TOOL

 

日本への移行は行っているようですが、再公表はされていないようですね。一方、中国出願(CN105392636)はあるのですが、日本の基礎出願(出願日:2013年06月26日)と、上記のPCT出願WO2014208237を基礎として、中国に直接出願しているようですね。PCT出願から中国へ移行せず直接出願している点など、コクヨさんの出願戦略がとても気になるのですが、今回は寄り道せず、ハリナックスプレスの出願について分析していこうと思います。

 

WO2014208237で主張する権利範囲はこちら。

 

1. 一定方向に接離する対をなす歯に、その接離方向に対して所定の傾斜角度をなす傾斜面部をそれぞれ設けてなり、前記対をなす歯の傾斜面部で当該歯の間に複数枚積層させて配した用紙の一部を用紙素材の伸長を伴わせつつ圧接することによりこれらの用紙を綴じることが可能な綴じ具であって、
前記傾斜面部の歯の接離方向に対する前記傾斜角度の絶対値が38°を下回る、
前記対をなす歯の前記傾斜面部同士の最短距離に対応する法線の長さが0.09mmとなるように接近させた状態において前記両傾斜面部による主要圧接領域の前記法線に直交する方向の長さが0.18mmを下回る、
前記用紙素材の伸長率が1.32を超え1.60以下である、
のうち少なくとも1つを満たすことを特徴とする綴じ具。

 

こ、これは、なかなか手強そうな権利範囲ですね。調査のポイントとして挙げていた、「高い保持力をもつ綴じ部を形成する綴じ歯構造」を数値を限定して表現しているようですね。3つの条件のうち、少なくとも1つを満たすことを特徴とする綴じ具のようです。順に紐解いていきたいと思います。

 

1: 前記傾斜面部の歯の接離方向に対する前記傾斜角度の絶対値が38°を下回る

図解した方がよろしいかと思いますので、綴じ歯の傾斜角度がどの部分かを描いてみました。この傾斜角度が38°を下回らないとのこと。ということは、綴じ歯の一つ一つが結構鋭角でないとダメなんですね。ちょっとその理由について、出願明細書を参考に説明します。

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用紙素材の繊維を伸長させて圧縮することにより、用紙同士が一定の保持力をもって綴じられるようなのですが、その現象は、アンカー効果と、水素結合効果という原理に基づくものとのことです。

 

アンカー効果とは、用紙素材の繊維が引き延ばされて露出し、特に傾斜面部で挟まれている部分で隣接する用紙素材の繊維同士が圧縮方向に絡み合うため、圧縮した方向に対して傾斜した方向へのせん断剥離には大きな抵抗を伴う現象のことだそうです。

 

水素結合効果は、隣接する用紙間で圧縮力により近接するOH基(ヒドロキシル基)同士の結合、詳述すれば、強い圧縮力により水分を伴うことなく、一の用紙の用紙素材の繊維を構成しているセルロース分子に含まれるOH基が、このOH基の近傍に位置する他の用紙の用紙素材の繊維を構成しているセルロース分子のOH基と直接結合する現象に基づくものであり、用紙P1同士を圧縮する力が大きいほど水素結合効果は顕著となるのだそうです。

 

コクヨさんのサイトでも紹介されていましたように、50パターン・200個以上の綴じ歯の試作を繰り返すことで、ようやく、傾斜面部の歯の接離方向に対する傾斜角度の絶対値が38°を下回ると、アンカー効果が発揮され、さらに、傾斜面部の比較的狭い面積の中で圧縮することで用紙同士を圧縮する力が集中されるため、水素結合を比較的多く生じさせることができることを突き止めたのではないでしょうか。

 

次のポイントに行きますね。

 

2: 対をなす歯の傾斜面部同士の最短距離に対応する法線の長さが0.09mmとなるように接近させた状態において両傾斜面部による主要圧接領域の法線に直交する方向の長さが0.18mmを下回る

 図解するように、法線の長さが0.09mmの状態のときに、主要圧接領域の法線に直交する方向の長さが0.18mmを下回る必要があるとのこと。 

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出願明細書によると、傾斜面部同士が対面する部分の長さ(上記の法線に直交する方向の長さ)が0.18mm以上であると、圧縮すべき広い面積に力が分散されてしまうため保持力を大きくすることが難しいという不具合が生じてしまうが、傾斜面部による主要圧接領域の法線に直交する方向の長さが、0.18mm未満のものであれば、圧縮面積を適切なものとすることができ、隣接する用紙の繊維同士が絡まる部分にだけ効率的に力を集中させることができため、実用的な範囲内の力で強い綴じ力を得ることができるとのこと。 

 

3: 用紙素材の伸長率が1.32を超え1.60以下である

 出願明細書によると、紙やプラスチックの繊維等の用紙素材の伸長率は、1.32を超え1.60以下であることが好ましい。より好ましくは、用紙素材の伸長率が1.36以上1.47以下であり、本実施形態では、用紙素材の伸長率が1.44に設定されているとのこと。

 

綴じ歯の傾斜角度と同様、傾斜面部による主要圧接領域の法線に直交する方向の長さや用紙素材の伸長率も、幾度となく繰り返された試作と実験によって得られた最適な数値なのでしょう。

 

開発者の皆さんの情熱により生み出されたノウハウが詰まった権利範囲。必ずしや、価値ある特許になると信じています♪

 

今回の調査は、このあたりで完了したいと思います。